島田荘司講演会@北京 レポート(其之二)

連続更新となる二日目ですが、明日も続けられる保証はないのです……orz
今日は昨日の続き、本題に入ったところからホームズについて語り始めたところまでをお送りします。これでだいたい3分の1を終えることになります。
明白な誤字、脱字等ありましたらコメントなどでご指摘ください。確認の上修正させていただきます。
『モルグ街の殺人』のネタばらし寸前の表現がありますので、未読の方はできれば読まれてからここから先をお読みになることをおすすめします。



本格のミステリーは1841年にアメリカの作家エドガー・アラン・ポーのモルグ街の殺人事件という作品によって始まったと言われています。
この1841年という時代は中国にとって非常に大きな事件の年ですね。
アヘン戦争の翌年にもうこの小説は書かれているわけです。
この作品の大事なことはモルグ街の殺人事件と謳いながら実は殺人事件ではないということですね。
殺人というのはひとがひとを殺すことですね。
あれはある種の事故、を扱った小説です。
ですから、後世考えられるようになった本格ミステリの条件というものをこの小説は満たしていないわけです。
この点はなかなか重要な事ですね。
つまりモルグ街の殺人事件というのは殺人事件を描こうとしたものではなくて、幽霊現象(事件)を描こうとした。
しかし、これが科学的な合理的な理由があるということで科学を用いてその理由を解明した、そういう小説であるわけです。
皆さんはミステリーの専門家でいらっしゃるからHowdunitとかWhodunitという言葉を聞いたことがおありだと思います。
WhodunitはもちろんWho done it、HowdunitはHow done itの省略形ですよね。
(ざわめく)*1
これはちょっと面白いんですが、Whodunitは正しい英語じゃないんですよね、おそらくアメリカ人が言うとしたらWho did itというはずです。
なぜこういう言葉が産まれたのか不思議ですが、ともかくとても大事なことはモルグ街の殺人事件はWhodunitでもHowdunitでもない、あえていえばHowdunitに近いけれどもこれをそういう言葉で言い表すとするならばWhatdunitですね。
HowdunitもWhodunitもこの種の小説に皆さんが慣れてきてからそうして整理して出てきた考え方です。
ですがポーのモルグ街の殺人事件を最初に読む読者はこの小説がどこに連れて行ってくれるかわからないわけです。
ですからこの小説が何であるかわからない。
そして物事、何が起こっているかわからないわけです。この事件の質がわからない。
幽霊物語なのかあるいは殺人の小説なのかそれとも過去の因縁を引く怨霊の物語なのかぜんぜんわからない。だからなんだかわからないWhatdunitなわけですね。
そしてもうひとつ重要な事はモルグ街の殺人事件が書かれた当時ヨーロッパを中心に科学革命というものが起こっていたということです。
革命が起こりつつあった、たとえば物が地面に落ちるのは地下の悪魔が引っ張っているからだ、という考えが当時16,17世紀の人たちにとっては常識であったわけです。
太陽が何を燃やして、どういう原理で燃えているか、これも長い間命題であったのだけれど誰も解けなかったわけです。
薪を燃やしているのか石炭を燃やしているのか、しかしそれだったらたくさんの煙が出るであろうしそしてあんなに長いこと燃えることは出来ないだろうし燃焼のためには酸素が必要です。
しかし宇宙には大して酸素がないように思われる。一体なぜあんなに長いこと熱を発し光を発して燃えていられるのか、当時の人はだれもわからなかったわけですね。
しかし、キュリー夫人ラジウムの発見、ということを1900年前後におこないます。
これによって初めて核融合という考え方が知られてきて太陽が燃える原理についておぼろげながら推察がついてきたわけですね。
文学に関して、忘れてはいけない科学の登場は、チャールズ・ダーウィンの進化論の提出です。
チャールズ・ダーウィンはだいじなことかもしれません、エドガー・アラン・ポーとおなじ年の生まれの人なんですね。
チャールズ・ダーウィンの進化論の提出は社会にとって、あるいは文学者にとって大変な衝撃であったわけです。
というのは、それまでの文学が聖なる物語の影響を多かれ少なかれ受けており、神秘的な人間の描写や、戦いにおける英雄を美化して描写する、ということが重要なテーマの一つだったわけです。
しかし、進化論によって、ある意味聖書的な表現、それから聖書の考え方が否定されたわけです。
人間というものをどんな高等生物であろうと進化の法則の前では囚人も同様である、
だから不必要な美化、神秘的な表現はあまり意味が無いのではないのではかという考え方から自然主義文学という運動が起こってきます。
モーパッサンやゾラなど、フランスでこの文学運動が起こりますが、実はこの文学運動は先で、特に日本においてミステリー史の流れに大きな影響を与えてくるんです。
こうした科学の登場によってヨーロッパの世界では革命が起こっていくわけですね。
社会のありようを変革もしていくし、市民の生活態度もこの革命が変えていくわけです。
この革命というものは、一言、ミステリーの方向に関して言えば、幽霊や怨霊、神秘的な現象を恐れることなく、それらに対して合理的な科学者の態度で対処するということですね。
つまり、科学者の合理的な態度、勇敢で合理的な態度こそが科学革命後の新市民の理想的な態度の有り様であるという考え方が起こってきたわけです。
この科学革命は犯罪捜査にも大きな影響を与えました。
イギリスのスコットランド・ヤードという警察はこれまでの操作方法の定石であった。
例えばある事件が発生するとその周囲から前科者を中心に怪しげな人をひっぱってきて、
拷問をして自白を強要しそれによって犯人を特定するそういう捜査が行われていたのですが、
スコットランド・ヤードはこれを否定して科学を用いた合理的な犯罪の証明と犯人の特定を行っていく、そういう宣言をします。
しかしそうはいっても拷問がおこなわれていないともかぎりませんね。
そこで社会の最高権威者という立場を獲得した一般市民がこれを監視するという制度を作ります。
これが陪審制裁判というものの原理ですね。
もちろん陪審制裁判というのはそのずっとまえからありました。
しかし、この時代に、その任務がさらに重要になり、強化されていくわけです。
実は、現れたこういう状況が本格ミステリを産み落としたと考えることができるんです。
そう思ってポーのモルグ街の殺人事件を考えてみますと、これは陪審制裁判において陪審員として出席する時の手引書というふうにも考えることが出来ます。
陪審員にとってだけではなく、とりわけ警察や検察にとって意識変革を迫るものであって、その意識変革を説明した小説であるということが出来ます。
この時代から現在の鑑識の常識であるところの指紋とか、血液型、微物収集、
微物というのは石ころ、いまは盛んにやってますが昆虫の死骸のかけら、ナフタリンのかけら、髪の毛、それから動物の毛、そういったものを収集し顕微鏡で分析してこれを証拠として推理に用いていくという考え方、こういうものが現れるようになっています。
そして何よりも大事なことはこれらの証拠物件、証拠物を検察は特権意識を捨てて一般市民にも民主的に開示する―見せるということですね―これを行うべき、という考え方がこの小説に現れています。
そして一般市民はこれらの材料を用いて警察検察と同じように殺人事件について考察をしていく、
これが市民の義務だという、そういう考え方に、この社会はなっていくわけです。
ポーのモルグ街の殺人事件は幽霊が鍵がかかったドアから入ってきて若い女性を殺してまた壁を抜けて出て行ったように見えます。
幽霊の現象のように見えますがこれがそういった科学捜査によって、論理的な科学者の態度によって幽霊ではなくて理由のある現象であるということが解明されていくわけですね。
本格ミステリの原点というのはこういうことなわけです。
今申し上げた条件や考え方によって本格のミステリはスタートしていくんですね。
この考え方は時代とともに次第に深められていきます。
この考え方を正統に受け継いだのがシャーロック・ホームズですね。
シャーロック・ホームズはベーカー街221Bの自宅で盛んに科学実験・・*2

そうですね、それじゃあいまのチャンスですからもう一回補足します。
今の忘れられてしまっている事実ですが1841年のポーのモルグ街における科学捜査は当時、つまり1841年の最新科学を用いているということです。
このことはとても重要です。
本格ミステリのスタートは最新科学とともにあったのです。
このことは忘れてはいけないことなんですね。
この考え方を正統に引き継ぐのがシャーロック・ホームズです。
シャーロック・ホームズはある意味で探偵像としてはこの考え方がより強調されています。
シャーロック・ホームズはベーカー街221Bの自宅で盛んに科学実験をします。

これが何を示しているかというと、ホームズは探偵である前に科学者であるということなんです。

*1:通訳が翻訳しそこねていた恐れがあります

*2:ここで通訳がベーカー街"221"の意味を聞き取りそこねたらしく、再度尋ねています。